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やっと降りられた

昨日、研究会で札幌に移動しようと思ったら、品川駅で欠航のお知らせメールがきて、あまりにもがっくりしてしまったのでUくんを誘って二子玉川でご飯食べをしてしまいました。そして19000円もするズボンも買ってしまいました(atバーバリーブラックレーベル)。

で、今日、振替の便でようやく札幌入り。いや、出発時には「場合によっては函館空港に向かうことも」と言われて「函館に降ろされてもなあ」とがっくりし、着陸前には千歳空港上空で着陸待機などと言われていよいよ函館確定かと冷や冷やしましたが、なんとか定刻から40分遅れで到着しました。

札幌は雪景色でした(当たり前といえば、当たり前)。ただ、積もっている雪は何となく湿っていて、期待していたような「キュッ、キュッ」という踏み心地ではありませんでした。降る雪もなんとなく牡丹雪っぽくて、ちょっと残念。

研究会のほうもここ数日の悪天候で欠席の人が多く、いつもより静かな雰囲気でしたが、それでも議論は活発でした。しかし、いつも思うのだけど、もっと経済学を勉強しないとまずいなあ…。

最後、Mくんの報告で爆弾発言が!!

【今日のごはん】
朝:草餅(昨日Uくんからもらった)
昼:道産じゃがいものラザニア、ポークソテーゴルゴンゾーラソース(札幌駅西改札北口前のイタリアンレストラン。名前は???)
夜:ジンギスカン(すすきの「山小屋」)

ここぞとばかりに食べました。夜はすすきのにある「山小屋」というジンギスカン店で懇親会。というよりも、みんなひたすら食べるのに夢中でしたが。初めて鹿肉を食べましたが、刺身でも炙っても淡白で美味でした。あれだけ食べて5000円は、めっさ安い!

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戦いすんで、日が暮れて

一月末から蜿蜒と続いていた採点作業も、一昨日でようやく終わりました。長かった…。定期試験・入試・通信教育部と、いったいどれだけ丸つけしたでしょうか。一時期は本当に肩が固まってしまって、痛いくらいでしたね。

採点作業の最後、というにはちょっと異質なのですが、一昨日は通信教育部の卒業論文の口頭試問でした。事前に論文のコピーをいただいておいたのに、結局のところ事前にしっかり読み込むことができず、朝の4時に起きて、ジョナサンであさごはんを食べながら大急ぎで読み込み作業をするという状況でした。たまたま重判で原稿を書いた場所と重なったのと、同じテーマで書いてきた人が複数いたのとで、それでも何とか面接に間に合いましたが…。

今回は、面接に通した3本の論文はいずれもよく書けているものばかりで、こちらとしても議論のし甲斐があってよかった、という感じ。受験生にしてみれば半分以上はイジメに感じるんでしょうけどねえ。

で、今日はもうこれまでの疲れをとりつつ、この2週間ほとんどできなかった部屋の片づけを少し。

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守・破・離

もうすこし、法律学における暗記に関連した話について。

拙記事を取り上げてくださったshoyaさんのブログで的確に指摘されているように、『試験との関係では丸暗記をしていれば点数をとりやすいのも真実です』(斜字は引用)。

何らかの手法を習得しようとする場合、つまり何らかの形式をもって行動しなければならない場合に、いきなりそれにふさわしいことをできる人はいません。誰でも、最初は模倣しなければならないわけです。学問の場合であっても、たとえば論文の形式であるとか、条文に沿った思考方式とか、そういったものはある程度模倣しなければ身に付かないでしょう。

答案の丸暗記、あるいはいわゆる論証パターンの丸暗記も、もしその「(思考)形式の模倣」に資するのであれば、否定することはできないのかもしれません。しかし、この種の暗記というのは「暗記すること」「文字面を記憶すること」に流れてしまって、往々にして技法の習得につながりません。どうしてそのような結論に到達したのか、という「why」をなおざりにしてひたすら文章を吐きだすだけの作業は、コンピュータと変わりないでしょう。

これに関して、最近読んだ魚住和晃「書の十二則」(NHK生活人新書)の中で、臨書(古蹟を手本にして書を写すこと)について「形のみを真似てその筆法の極意を得ようとしなければ、何の意味もない」といった趣旨のことが書かれていたかと思いますが(今手元にないので引用できません。すみません)、これは法律学の勉強にも十分通用する言葉だと思います。あるいは「守・破・離」といえることも、これに近いでしょう。

偉そうなことを言いますが、要はいかに法律家らしく考えるかであり、論証パターンを覚えて良しとするのでは、はまればいいですが、ちょっとずれたときに何もできなくなってしまいますよ、ということなのだと思います。

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法律学における暗記のありかたについて

前エントリのコメントで、Antoineさんがこんなことを書いてくださいました。

なお、先生は、授業中、「法律は、暗記するのではなく、理解すべきだ」との趣旨を述べられまして、全くその通りだと思います。
しかし、こと試験に関しては、暗記もしなければ、一定の基準にはまず達することも出来ないことは、私よりも先生の方が遥かに身に染みて実感されていることと思います。

3日間ぶっ通しで授業を受け、しかもその直後に試験を受けさせられる過酷な通教スクーリング生と、一年間でじっくりと授業を聞いた上で試験に臨む通学課程の学生とでは当然事情は違うのですが、まずはその辺をとりあえず捨象したうえで。

理想論だ、机上の空論だと批判されるであろうことを承知の上でいえば、僕は、暗記は「するもの」ではなく「してしまうもの」であるべきだと思います。「暗記する」というと、たとえば「公開会社の定義」とか「普通決議の決議要件」とか、そういったものを覚えこむ作業を意味するのでしょう。しかし、そういったことは全部条文に書いてあるわけです。それを暗記するということは、本に書いてあることを自らに刷り込むだけであり、自らを本にするだけの作業です。

むしろ重要なのは「なぜそんな制度があるのか」ということを考えることだと思います(このことを、僕は神田先生に教わりました)。たとえば株式という制度はなぜあるのか。なぜ株式は平等なのか。その「何故」を考えることが、最終的には制度の記憶につながっていくのではないかと思います。

たとえば、新株発行の決定権限は、当該会社が公開会社か否かで変化します。なぜ「公開会社」という概念を基準にして、「取締役会設置会社」を基準にしないのか(具体的には公開会社でない取締役会で違いが出ます)。これは、新株発行によって影響を受けるものが株主であり、その株主の性格の違いがでるのが「公開会社か否か」であると考えられるからだ、ということになるわけです。そうなると、公開会社というのは「株主に関係する定義だ」ということになります。こういうことを繰り返していくことによって、おのづと公開会社の概念を覚えていくことになるでしょう。

そういう意味では、問題の事前発表は「理解なき暗記」を促してしまうのではないか、と恐れているわけです。逆にそうだとすれば、「一切持ち込み不可」というのは違うのではないか、少なくとも六法は参照できるようにするべきなのではないか、とも思っています。

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スク終了:事件は教室で起こるんじゃない、新宿で起こるんだ

Jitterin' Jinnは、「プレゼント」よりも「にちようび」のほうが好きです(挨拶)

昨日、スクーリングそのものは無事終了しました。さすがに3日目になると、たとえお酒は入っていなくても喉にズンときましたが、それでも計算・新株発行・組織再編と結構好きな分野が並んだ日でしたので、頑張ってしゃべりました。手元にあるレジュメと配られていたレジュメが実はちょっと違っていたというハプニングもありましたが(自分のミス)、なんとか無事に終わってホッとしています。

もっとも、試験問題は難しかったと不評でしたが…(ガックリ)


で、少しだけ休んだ後に新宿に移動して、ビジプラ・ゼミのキックオフ飲み会。4月から何をやるのか意思統一するはずだったのですが、楽しく飲むといういつものパターンになってしまったのは、まあご愛嬌。

しかし、2次会になって、いままでご法度だったコール(?)が出てしまいました…。ああ、どんどん飲まされる方向に流れていく…困った…。大体、何で君らそんな古い歌知っているの?僕はリアルタイムで知ってる曲ばかりだったけどね。

2次会が終わって、なんとか終電には間に合ったのですが、気がついたら乗り過ごして終点(若葉台)まで行ってしまいました。普段なら降りる駅で気づくんだけどなあ。ああ、タクシー代…(涙)

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